2 インフォームド・コンセントと上智大学の倫理規定

(1)研究対象者の3つの権利と研究者の3つの義務

 学術研究において研究対象者の安全を保障するために設けられているのが、「インフォームド・コンセント」(説明に基づく同意)として知られる手続きです。それはインタビュー調査などの「人を対象とする研究」においては不可欠です。その手続きは、次のような権利と義務によって構成されます。

第一に、研究対象者には、研究計画の全容について事前に十分に説明を受ける権利があり、研究者には、誠実に説明する義務があります。

第二に、研究者は、研究対象者の研究参加への同意を、「研究参加同意書」などの書面によって取り付ける義務があります。

第三に、研究対象者には、研究参加への同意をいつでも撤回する権利(撤回権)の行使が認められています。そして、この撤回権の存在を、研究者は研究開始の前に、研究対象者に明確に伝える義務があります。撤回権行使の具体的効果は、調査によって入手した研究対象者本人に関わる全ての研究資料を、当該研究で使用させず、また、他の研究を含む一切の別の用途にも使わせないようにできることです。理由の如何に関わらず、本人が研究参加への同意を撤回した時点で、本人から取得した全ての研究資料を回収・破棄しなければならない履行義務が研究者に発生するのです。(下図の「3要件」参照

上記3つの義務の履行を研究者が怠(おこた)った場合、「人を対象とする研究」に関する倫理上の重大な研究不正があったことになります。上智大学を含む各大学は、こうした研究不正が起こらないように内規や手順を定め防止に努めています。これらの内規や手順は、研究協力者との間に何らかのトラブルが発生した場合に、研究者が誠実に手続きを踏んだことの証拠となるもので、むしろ、研究者を防御するために設けられているものなのです。

内規や手順の整備の進んでいない研究機関において、同様のトラブルが発生した場合には、インフォームド・コンセントの要件を誠実に実施したことを、別途、研究者個々人が証明しなければなりません。

(2)上智大学におけるインフォームド・コンセントの規定

 上智大学では、「上智大学「人を対象とする研究」に関するガイドライン」を定め、内規により研究者に明確な義務を課しています。そこでは、「建学の精神に基づき、生命の尊厳及び個人の尊厳を重んじ、科学的及び社会的に妥当な方法、手段でその研究を遂行する」として原則の遵守を謳い、重ねて、「(2) 研究の実施に際しては、研究対象者の人権を最大限に尊重し、科学的、社会的意義のある研究の遂行に努めなければならない」と定めています。

 そして、その研究対象者の人権擁護のための具体的手続きとして、最初に、「インフォームド・コンセント」を挙げ、上述の権利義務関係を次のように規定しています。

I.誠実な事前説明

(1)研究対象者への事前説明

研究者が、個人情報や、個人のデータ等を収集・採取するときは、研究者は、研究対象者に対して研究目的、研究成果の発表方法など、研究計画について事前に分かりやすく説明しなければならない

また、研究者は、個人情報や、個人のデータ等を収集・採取するにあたり、研究対象者に対し何らかの身体的、精神的な負担、苦痛あるいは危険性を伴うことが予見される場合、その予見される状況をできるだけ、事前に分かりやすく説明しなければならない。(『ガイドライン』 5.インフォームド・コンセント (1)研究対象者への事前説明)

II.参加同意の確認

研究者が、個人情報や、個人のデータ等を収集・採取するときは、書面、その他の方法により、事前に研究対象者の自由意思に基づく同意を得なければならない。

ア)「研究対象者の同意」には、個人情報や、個人のデータ等の取扱及び発表の方法などに関わる事項を含むものとする。

オ)研究対象者からの同意は、原則として事前に行う。特に何らかの身体的又は精神的な負担、苦痛あるいは危険性を伴うことが予見される場合には、必ず事前に書面をもって同意を得なければならない。(『ガイドライン』 5.インフォームド・コンセント (2)研究対象者からの同意)

III.同意の撤回権と研究者の廃棄履行義務

カ)研究者は、同意に関する記録を適切な期間保管しなければならない。ただし、研究対象者が同意を撤回したときは、速やかにその情報やデータ等を廃棄しなければならない。(『ガイドライン』 5.インフォームド・コンセント (2)研究対象者からの同意)

(3)上智大学で定められている研究実施手順

 上智大学において、「人を対象とする研究」を実施する場合は、「人を対象とする研究」に関する委員会の審査を事前に受けることになっています。その手続きは以下のように、厳重なものです。上智大学のウェブサイトにある「学術研究倫理」のページで公開されています。

① 審査の要否

 まず、実施しようとする研究が、「人を対象とする研究」に該当するかどうかを「事前チェックシート」に従って自己診断します。チェック項目が24設けられており、項目に一つでもチェック(yes)がつく場合には、受審の検討が必要とされています。

人を対象とする研究に関する事前チェックシート(本件に関して記入済み)

② 書類の準備

 倫理審査の受審の必要が判明した場合、以下の書面を準備しなければなりません。このうち、★印が研究対象者へ必ず手交されるものです。

・研究計画等審査申請書(人を対象とする研究)
・研究実施計画書
対象者・施設等への研究協力依頼書★、研究内容説明書★
研究実施同意書★・研究実施同意撤回書★
・質問紙等
・その他:

③ 説明同意の自己確認

 用意した書面や計画が、インフォームド・コンセントに必要な事項を欠いていないか、「インフォームド・コンセント チェックシート」によって確認します。このチェックシートに挙げられている具体的事項は、該当する場合に漏れなく伝えなければならない細目という位置づけになります。不備がないことが確認されたら、倫理委員会に書類を提出して、審査を申請します。

インフォームド・コンセント チェックシート(本件に関して不履行箇所を赤で記入済)

④ 審査

 審査は、「人を対象とする研究」の倫理審査委員会によって実施されます。審査委員は、提出された書類を精読したうえで、研究を通して研究対象者に不利益が及ばないか、精査します。例えば、アンケート調査の選択肢に研究協力者が不快に感じるかもしれないと懸念されるような表現があっただけでも、改善意見がつくこともあります。指摘箇所を改善したうえで、不備がないと認められた場合に、承認が降ります。

⑤ 聞取り調査の実施

 承認を受けた手続きに従って、研究対象者からのインフォームド・コンセントを受けてから、聞取り調査を実施します。

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