5 中野教授と出崎の研究不正

 今回の事件を研究不正の観点から整理すると、次の4点が倫理義務違反となります。

(1)参加同意撤回要求に対して研究資料の破棄を履行しない義務違反

研究資料の社会的公表の中止と回収は、学術倫理上、研究協力者に保障された最も重要な権利であり、研究者はそれに応じる絶対的な義務があります。この権利・義務関係については、上智大学の内規にも、「研究対象者が同意を撤回したときは、速やかにその情報やデータ等を廃棄しなければならない」と明確に規定しています。(「上智大学「人を対象とする研究」に関するガイドライン」5(2)カ)参照) 5月30日、私たちが「上映中止」という形でこの要求を突きつけたのに対して、出崎はこれを拒否し、現在も映画の公開を続けています。研究協力者からの研究撤回要求を履行しないという行為は、重大な研究倫理義務違反であり、悪質な研究不正です。私たちは、今後、出崎の学位(修士号)の取り消しを大学に求めます。

(2)インフォームド・コンセントの手続きを履行しない義務違反

出崎は、私たちの取材において、誠実な研究であれば当然に履行するはずの、インフォームド・コンセントの手続きを全く履行していません。研究計画書の交付、研究同意書の交付および同意書面の提示と保管、同意撤回書の交付、その他インフォームド・コンセントの要件がことごとくネグレクトされました。それによって、私たちを一方的に攻撃し侮辱する内容の映画を作成する意図が隠蔽され、私たちがその被害を受ける前に研究参加を撤回する機会が失われました。

(3)研究着手要件である倫理審査を受けていない義務違反

出崎の研究は、審査委員会の事前審査を受ける必要があったことは、事前チェックシートからも明らかでした。もしも、倫理委員会の事前審査を受けていれば、インフォームド・コンセントの手続きと義務を明示されたはずです。もちろん、審査を受けなかったからといって、研究倫理上の義務を免れるものではありませんが、倫理審査の回避自体も、実質的な研究不正です。

(4)「同意書」を取得せずに許諾書面を詐取した研究遂行上の倫理義務違反

出崎は、私たち研究対象者にインタビュー取材を実施する過程において、研究倫理上必要な「研究参加同意書」を全く提示しない一方、「承諾書」なるものへのサインを執拗に迫っていました。この「承諾書」 なる文面は、現在公開されている商業映画への「出演承諾書」であるとして、私たちの抗議に法的に対抗する口実に使われているものです。

もしも、取材の過程で、卒業制作への「研究参加同意書」と、それとは別に商業映画への「出演承諾書」が研究協力者に提示されていたら、どうだったでしょう。「研究参加同意書」にはとりあえずサインするが、「出演承諾書」に対しては、完成して全編を見てから、改めてサインをするかしないかを決めるとして、サインを保留したはずです。

 他方、「出演承諾書」だけが示された場合はどうでしょう。研究協力者においては、今しがた受けたインタビュー取材は、学術研究への協力であるという頭があります。学術研究は学術倫理の制約下にあり、研究協力者は保護されるという信頼があるため、サインが卒業制作の完成に必要だと言われれば、「研究参加同意書」のようなものとして受け取り、容易にサインしてしまうでしょう。そして、実際に、何人かは、そのままサインさせられたのです。

 そもそも、真面目な研究において、学術研究として作成した映像作品を、配給会社を通じて一般公開することを企画するのであれば、その時点で研究協力者に完成した全編を見せて、改めて出演承諾書にサインをもらえばよいことです。そうした手続きを踏まないで、「研究参加同意書」と錯誤される状況を巧妙に作り出し、のちにそれを盾に法的に対抗する準備として、研究対象者を法的に拘束する書面を入手しようとすること自体、詐欺行為といわれて当然の行為であり、学術研究に対する信頼を毀損する行為です。

今回の研究不正は、単に規定上の手続きを怠ってしまったという形式的なミスではありません。研究倫理規定の立法趣旨である「研究協力者の権利保護」を蹂躙することをまさに目的として、規定上の手続きに意図的に違反したのです。本件研究不正は、形式的なものではなく、実質的で本質的なものなのです。 また、以上の研究不正は、直接実行したのは出崎ですが、その最終責任者は中野晃一教授です。中野教授の言動と証拠から、一連の研究不正行為が中野晃一教授の実質的な指導によるものであることは明白です。

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